必要なことだけ集めたらつまらなくなった

あいちポリコレナーレ2019

YANASE Haruka

もうすぐ終了を迎えるあいちトリエンナーレ2019。私が訪れた場所は来場者が結構いたのでそれなりに盛況だと思う。今回は気合いを入れてフリーパスを仕入れたのに二回いくことはなさそうだ。時期も終わり頃なので新鮮な記事じゃない。これを書いてたら見つけた報道には続々と展示をやめるアーティスト達の名前が上がり始める。

CIR(調査報道センター)もあいちトリエンナーレ2019の展示を中止。展示再開の目処は不明

あいちトリエンナーレ2019において、参加作家の1組であるCIR(調査報道センター)が10日をもって展示を中止していたことがわかった。
 CIR(調査報道センター)は、1977年に設立された米国の非営利報道機関。取材結果をアニメ、演劇、ヒップホップ、アプリなど、多様な表現を用いて展開することで知られており、本展では複数の映像作品を出展していた。
 同トリエンナーレ事務局によると、展示中止の理由と再開の目処については確認できていないという。「表現の不自由展・その後」が展示中止となった件を受け、韓国のイム・ミヌクとパク・チャンキョンが自ら展示を中止。これであいちトリエンナーレ2019の展示中止作家は、「表現の不自由展・その後」を含めて4組となった。
 なお事務局は、ウーゴ・ロンディノーネやタニア・ブルゲラなど9組が展示中止をオープン・レターで要請したことも確認しており、これについては個々の作家と担当キュレーターがどのような形式で中止するのかなどの調整対応が始まっているという。

美術手帖

CIR(調査報道センター)も作品を下げてしまったので残念。ドロドロしたアニメーションをちゃんと見ておきたかった。

イム・ミヌクの作品も朝鮮戦争か民族問題。なぜかここで目がショボショボするなと思ったらお隣のタニア・ブルゲラの作品が涙が流れる様に展示部屋が小細工してあった為。気後れして観覧を断念。

パク・チャンキョンは朝鮮戦争をモチーフにした写真作品。少年兵がジャングルにいる。

ウーゴ・ロンディーノは大勢のピエロのマネキンの展示作品。スケールが大きゃOKの作品は私は苦手。前回のトリエンナーレからその傾向がある。

ドラ・ガルシア

名古屋市美術館でも取りやめに関する抗議とか声明が掲載されていた。ドラ・ガルシアの考案したロミオには会えず仕舞い。寂しい。

YANASE Haruka

モニカ・メイヤーの作品も無言の抗議か集めた意見の紙片をビリビリに破いて床に撒き散らしてあった。

怒りと抗議の作品たち

社会や世界に寄り添う作品は当然にあったけど、世界への不満を募らせている作品が多かったよ。環境問題への対策を訴える少女のごとく。そして私はヴィデオ・アートが苦手だと再確認する。自分のペースで作品が見れないせいだ。

レジーナ・ホセ・ガリンドのヴィデオ・アートは良かったよ。伏見のラーメン屋が入ってる雑居ビルで撮影されたラテンアメリカ系移民の人たちのパーティーの模様が淡々と流されている。ぼーっと見るにはいい作品。多様性の肯定はこういうのがいい。

わら半紙のパンフレットにはいろいろ難しく簡潔な解説が書かれてあった。『情の時代』をテーマとした現代美術とは問題を糾弾する姿勢が情けとされたみたい。

ピア・カミル

県美のB2ホールに掛かっている巨大な、そう巨大なインスターレーション。ストーンズの舌出し唇はやっぱりいい。

音楽のバンドTシャツを、街ゆく人々や友人と物々交換して集め、1枚の巨大な幕に縫いあげたインスターレーションを展示。個人的・文化的・社会的メッセージツールであるバンドTシャツの、生産や流通の秘密に触れている。

あいちトリエンナーレ

けれどここまで大きくする必要性は感じなかったなぁ。

とにかくスケールがデカい。

割り当てられた展示部屋を目一杯使うアーティストがほとんど。言いたいことを絞っているためか作品が大きくなっているのに大味に感じてしまった。壁いっぱいに広がる無機質に流される動画。キノコ雲を目一杯描いた絵画。言いたいことだけを抽出した作品ばかりが並ぶとどうなるかって感じたこと。表現に遊びが無い分、つまらなくなってしまった。

表現の不自由展で心的な制限を受けてしまった

全くアートとは関係ないところで目立ったしまうお祭りになったね。

一時展示取りやめ前に私が県立美術館に行った時は新聞社の記者が数人ガイドの案内を受けて足早に進路を進んで行った。

YANASE Haruka
YANASE Haruka
YANASE Haruka

表現の不自由展の入り口にはカーテンがかけられ、はじめにエクスキューズがかけられていた。一応、ワンクッション置いてあったんだよ。

小さい部屋だったのか観覧車が大勢いたせいか人混みを抜いながら見た。昭和帝の映る写真を燃やしてみたり、星条旗を弄んだり、チンポムのメンバーがひたすら叫んでたり、彫刻のレベルとは言えない椅子に座った少女がいたり、そりゃ自由だった。表現の自由ではなく国家や体制に対する怒りや憎悪を集めた展示だった。

ショックは人を縛る

この作品群を見て少なからずショックを受けた私は他の展示会場になかなか足を伸ばせなかったし、前回あれだけ通った映像プログラムも全く見ずに終わった。音楽プログラムは一つは見たいね。ショックで縛られないためには近づかないことが一番だ。風邪をひかないように人ゴミを避けるように。

裏方の仕事にアートを感じる一瞬。表はどなたかのヴィデオ・アート。

名古屋市美術館にあった椅子。前回トリエンナーレでも撮っていた。

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