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リクルートスーツに隠れる競争/画一性と生存競争は両立しない

コスタリカの自然は多種多彩な生き物で満たされている。

それは過酷な生存競争が下敷きになっているからだと私は考えてるんだ。

種々様々な虫達は外敵から身を守るために自然に馴染む努力を惜しまない。

植物も動かない自らに栄養を入れるために食虫植物を選んだ個体もある。

日が射さなければ枯れてしまう樹木は必死に背を伸ばす。

多様性とは聞こえはいいが、彼ら生物の個々の生存戦略を俯瞰して見ている結果がそう呼ばせているんだ。

対して目立った外敵がいない所、生存競争がない所には多様性は発生しにくい。

養豚場では豚だけを飼っている。伝染病、食肉に出す出荷を除いて

彼らを狩りにくる存在はいないからね。そもそも豚舎内での争いを無くすために牙は取っている。

鶏も同じようにそれだけ飼っていても屋根があれば鳥、策に隙間がなければ蛇は来ない。

そこでリクルートスーツの女の子を見る度思ったんだ。

就職活動は生存競争なのに、なぜ画一的な服装、行動を求められているのかって。

大学によってはリクルートスーツ着用の就活を禁止しているところもあるね。

ノームコアが流行った時もここで優劣が着くのはスタイルの良さ、顔立ちの良さ、能力の良さだ。リクルートスーツでも同じことが言える。

生存競争で生き抜くためにはスーツ以外でも立ち回れるルックを用意した方がいい。私は就活経験はない。けれど駅であのスーツ姿を見る度に、私は誰で何ができるのか、がエントリーシートを見ないとわからない外見は問題があるよなと考えてしまうんだ。

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テーマの著者 Anders Norén